シューベルト最期の弦楽四重奏曲

2016年6月10日 明日館 〜曲目解説〜

◆シューベルト(1797〜1828) : 弦楽四重奏曲 第15番 ト長調 D887作品161 ◆

 シューベルト最晩年の作、そして彼の最後の弦楽四重奏曲が、この第15番ト長調である。第14番「死と乙女」は比類ない劇的な超人気曲、そして第13番「ロザムンデ」も有機的に織りなされる美しいメロディでファンは多い。だが標題もないこの15番は演奏されることもほとんどなく、知られることもない。

私たちはオーストリアでこの曲を知った。この曲は、オーストリアでも演奏されることが滅多にない、神聖な曲のひとつだった。目まぐるしく変わる調性に合わせて0.01ミリほどの微妙な音程の使い分けが要求され、1人ひとり全く違うことを同じスパンで同時進行させたりしなくてはならないので、4人の息があっていないと崩壊する。それができるチームはシューベルトの国にもごろごろころがっているわけではない。だがこの曲は識者から敬意をもって語られる、特別な位置を占めていた。

これは「死と乙女」のようにくっきり額縁に入って、外部に向かってプレゼンテーションされている曲ではない。ちょっと見にはわけのわからない滅茶苦茶な曲で、ただ無闇に長いだけの曲である。私たちの方が彼を知り、分け入って、彼の心の中の空想の世界に埋没しなくてはならない。到達してみると、どうだろう、そこには「冬の旅」や「美しい水車小屋の娘」「魔王」の作者の世界が巨大な夢のように息づいているのだ。


第1楽章冒頭から善(長調)と悪(短調)がせめぎ合う。そして神々の棲む世界への扉が開かれていく。第2楽章では、私たちは知らない場所であてどもない孤独な旅をしている。さまざまな危険や束の間の平安、悲劇を通って、死神の甘美な誘いに身をまかせる。第3楽章は器楽的な緊迫感のあるスケルツォ。中間部は小川のほとり。遭遇する若者と乙女。過ぎていく時を刻むように、そして永遠の時間を表すように、規則正しく水車は回る。第4楽章は再び第1楽章のように短調と長調がせめぎ合う。途中に登場するさまざまな魅力的な登場人物と勇壮なファンファーレ。最後は調和の世界が、不調和を退ける。

シューベルトの音楽の中で紡がれる人間の心の動きに、共感し胸熱くする部分は、どんな人でもきっと一つやふたつはあるだろう。この曲は、そんなシューベルトを愛する者にとって、もっとも親密な部分が素のままで、それが歌詞もない4本の弦楽器のみで抽象化して表現されている。素朴さと高度な技術が両立する不思議な曲だ。私たちクライネス・コンツェルトハウスにとって、後期ベートーヴェンと同じく何度も何度もとりあげて深めていきたい曲である。思いきってとりあげた今回が、その第一回目となる。

解説:三戸素子

 

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