◆ モーツァルト:弦楽四重奏曲 第19番 ハ長調 KV465 「不協和音」
モーツァルトが出版されたばかりのハイドンの弦楽四重奏曲に触発され、自身の作曲技術の全てをかけ4年ほどの歳月を要して創作した6曲の弦楽四重奏曲。その通称「ハイドン・セット全6曲」の最後を飾るのがこの作品である。
作曲者自らが、力作ぞろいの6曲の完結としてこの曲を位置付けた。革新的な手法と、ハ長調という王者の調性に現れるスケールの大きさ、バランスの取れた4つの楽章と、全てそろった素晴らしい作品である。
この曲がいかに斬新であったか、という事は冒頭の序奏の部分に特に顕著に現れる。常識を覆すぶつかり合う音の連続、まさに「現代音楽」の響きは当時の人々、専門家にすら理解されず「悪い耳を持った作曲家。対位法を少しも気にかけていない。」と批判を浴びた。この衝撃的な「不協和音」がそのままこの曲の通称となったのである。複雑に絡み合うこの序奏に続き、突然出てくる晴れやかな主題。それはとても印象的で、不協和音のかもし出す割切れなさが一気に霧散する。モーツァルトは奇をてらって不協和音を並べて見せたのではなく、混沌からの誕生というこのコントラストが欲しかったのだ。作曲技術はあくまで表現の手段で、強い表現欲求があってはじめて革新が起きるのだと実感する。それはただの滅茶苦茶ではなく、正統的な作曲の発展であり、後世では常識となるのである。「ハイドン・セット」の出版にあたってモーツァルトがハイドンに宛てた献辞の一句「まことに長い苦しい仕事の結晶」の実例を目のあたりにする思いだ。
続く第2楽章は、天国のように美しい。各声部が様々な役割を演じ、音楽に深みを出す。第3楽章は伝統的なメヌエットにもかかわらず感情表現の要素まで合わせ持つ。大曲をしめくくるフィナーレは、軽快にしてスケール大きくまさに名曲にふさわしい。心のしわがのびるようだ。