後期弦楽四重奏曲のまさに心臓部の一曲。

◆ベートーヴェン(1770〜1827) : 弦楽四重奏曲 第14番 嬰ハ短調 作品131 ◆

この曲は、謎めいて無限のベートーヴェン後期弦楽四重奏曲のまさに心臓部の一曲。

ベートーヴェンは作品番号100番の頃から、意を決したかのように「自由なソナタ」と自筆譜に書きつけ、より変幻自在の音楽を試みた。それは過去の音楽の否定ではなく、音楽を極めた人間のさらなる脱皮にほかならない。演奏する私たちにとってもこの音楽を紐解く鍵は、表記された調性であり拍子であり、和声という長年にわたって積み重ねてつかんだ末の「音楽の根源」である。

この14番は通常の4楽章構成ではなく、切れ目なく連なる7曲、という非凡な構成となっている。それによって演劇的なものを好んだベートーヴェンの一面がより浮き彫りにされる。研ぎすまされたつなぎ目が、劇中の暗転のような効果で、曲は息もつかせず進んでいく。

前作、弦楽四重奏曲第13番で世間の理解を得られなかった最終楽章の大フーガ…。それをあざ笑うかのように彼はフーガ楽章を第1曲に持ってくる。ロマン派の人間の苦悩にまで変形され、表現されたバッハのコラールのようなテーマは、厳格に始まりしだいに解き放たれ、嬰ハ短調というやはり非凡な空気層の中で蠢く。その中から若々しいニ長調の第2曲が産声を上げる。春のような第2曲の後は舞台を暗転させ、劇的に幕間を務める短い第3曲。そして現れるのは愛の二重唱のテーマから出発する、ベートーヴェン変奏曲集大成の第4曲である。彼はもはやテーマを変奏させるだけにとどまらず、各変奏に拡大された世界を与えてゆく。時には戯け、気が狂い、物思いに沈む非現実のロマンのなかで。

その夢を突然かき消すスケルツォの第5曲。スピード感とユーモアに翻弄された後はいよいよ最後の宣告の第6曲。そして過去と決別し力強く発展し、地球の外にまで私たちを連れてゆくエネルギーの増幅である最終曲第7曲がやって来る。そのテーマはバッハの「音楽の捧げ物」を思わせ、第1曲とリンクする。

後日ベートーヴェンが言ったという。彼のあらゆる四重奏曲の中で、この曲はもっとも偉大なものであり傑作だと。健康不良のなかで書き上げたこの作品にベートーヴェンはさらに2ヶ月間手を加え続けた。第4曲・変奏曲の終わりの部分、たった2小節のための15通りものスケッチ。真の労作である。

解説:三戸素子

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